数多くの命を救ってきたにもかかわらず、今日に至るまで依然として身元の分かっていない一人の若い女性がいます。この回答では、その女性についてお話ししましょう。
下の画像は、1880年代にセーヌ川で溺死した若い女性の「デスマスク」です。おそらく自殺だったのではないか、と推測されています。
その当時の慣習に従い、彼女の遺体はパリの遺体安置所で展示されることになりました。彼女のことを知っている誰かがその遺体に気付いてそのまま引き取ってくれることを期待していたのです。彼女の検死を担当した病理学者は柔らかな笑みを浮かべるこの謎めいた少女に魅了され、彼女の顔の石膏像を作成するよう依頼しました。このマスクはその後何度も繰り返し複製されることになりました。そして、この女性は「セーヌ川の身元不明少女(仏: L'Inconnue de la Seine、英: The Unknown Woman of the Seine)」として知られるようになったのです。
1955年、医師のピーター・サファーやジェームズ・エラムらとともに、アスムンド・レールダルという名の一人の玩具職人が心肺蘇生法の訓練用マネキンを製作しました。このマネキンは、私たちもよく知っているものです。マネキンの見た目を自然な感じにしたいと考えたアスムンドは、数年前に祖父母の家を訪れたときに壁に飾られていたマスクのことを思い出し、「セーヌ川の身元不明少女」の顔を自分たちの製作するレスキュー・アン(仏: Resusci Anne、英: Rescue Anne)という名のマネキンの顔として使用することに決めたのです。
そんなわけで、19世紀に溺死した身元不明のこの女性は、ある意味では世界中の数多くの命を救うことに貢献していることになります。また、この女性はこれまでで最も多くキスをされた顔とも言われています。
そして、この女性の名は神のみぞ知る、というわけなのです。
クレジット:The Chirurgeon’s Apprenticeの投稿を元に編集。