いえ、それが「当たり前」の反応ではないかと思います。
自分の愛する親族、友人などが亡くなって、平気でいられる人はそんなにいないと思いますが「医師」の場合は、「患者さん」という、いわば「他人」の死にしばしば直面することになります。
自分が受け持った患者さんと初診時から治療を通じて何年も苦楽を共にして来た場合、「家族」に近い感覚が生じるのは自然なことでは?ましてや、その「家族」が死に直面する際に「涙を禁じられない」場合があるのは人として、むしろ当然の反応ではないかと思います。
医師の場合、不文律として、プロフェッショナルとして患者さんが亡くなる時に「涙を見せない」のが医療業界内でも社会一般でも常識的であると受け止められていますが、若い頃はこれがなかなか困難です。小児科の医師が、自分が受け持った小児の患者さんが亡くなるような場合、親族の方が号泣している前で「御臨終です」という時に、自分もわんわん泣いていては「何か変」ですかね?
結局は、ある程度は時間と慣れが解決してくれますが、私は慣れる必要さえもないと思います。涙を見せないまでも親族と一緒になって多いに悲しみましょう。実際に、ある程度経験を積んだ先生が、患者さんの家族に臨終を告げた後、その場で号泣しているのを見たことがあります。
私は18年間外科の勤務医として働いた後に開業したのですが、勤務医の頃は、どれだけ悲しくても、他の医療スタッフや家族の方の前で泣いた事はありませんでした(プロの医師はそうするべきではないと信じていたため)が、唯一、深夜に在宅でご高齢の患者さんを看取った後に、息子さんに「先生、父を入浴させてやっていいですか?」と聞かれ、息子さんが実際に亡くなったお父上の身体を浴槽で洗いながら「お父さん、ありがとうな」と泣きながら何度も言っている姿を見て、涙を禁じ得なかった事があります。
今でもプロとして、医師は患者さん、ご家族、医療スタッフの前で涙を見せるべきではないという考えは変りませんが、自分が患者として診てもらう時には、自分を「家族」のように思ってくれる医師に担当して貰いたい、死ぬ時は涙の一つも見せて欲しい、と思います。最近、そういう医者は減って来たのかな?
最後に、患者さんを含めて人の死に「慣れる」必要は毛頭無い、と思います。医師としての役目を終える日まで、患者さんは自分の家族と一緒と思えるような「ひとりの人間」であっていただきたいと思います。