Masahiro Sekiguchiさんのプロフィール写真

今流行りの手術支援ロボット(ダヴィンチ)に少し名前が似ていますが、それとはまったく異なるものです。ロボトミー手術は1930~1940年代にかけてアメリカを中心に行われていた手術法で、統合失調症、うつ病といった精神障害患者の前頭葉の神経線維を破壊することでその症状を抑えるというものです。脳葉(lobe)を切断(tomy)することから、ロボトミー(lobotomy)です。

ポルトガルの神経科医エガス・モニスによって1930年代に開発され、その後アメリカの医師ウォルター・フリーマン、ジェームズ・ワッツによって改良(?)が加えられました。

眼窩から前頭葉へとアプローチし、専用の器具で前頭葉の神経線維を切断します。今見ると衝撃を受ける手術法ではありますが、その効果は劇的であり、患者の興奮、幻覚、暴力性などが嘘のように改善しました。

1940年代に何万例と行われ、第二次世界大戦による心的外傷を負った何千人の兵士たちの治療にも用いられました。その功績により手術法の開発者であるモニス医師には1949年のノーベル生理学・医学賞が与えられました。

しかしながら、その後ロボトミー手術は批判に晒されることになります。無気力や集中力の低下、意欲の欠如、情動低下といった副作用が多くの患者に現れることがわかったのです。場合によってはけいれん、失禁といった副作用で日常生活に大きな支障を来すケースもありました。これらの副作用は手術の効用に隠れてあまり注目されておらず、年月が経って指摘されるようになりました。さらに、1950年代になってクロルプロマジン、ハロペリドールといった抗精神病薬が開発、その効果が実証されたことで、ロボトミー手術は行われなくなっていきました。こうして、ロボトミー手術によるノーベル賞受賞は「史上最悪のノーベル賞」と言われるようになりました。

さて、今でこそ非人道的な医療として有名になったロボトミーですが、当時は様々な学術雑誌や一般のメディアでもその効用が絶賛され、その結果がノーベル賞であったという点には注意が必要です。すなわち、当時の人々にとっては本当に画期的な発見だったのであり、悪意をもって患者を傷つけていた訳ではないにも関わらず、結果としてそのようなことになってしまったのです。このような事例は、臨床的な医学研究がいかに慎重に進められなければならないか、その基盤を私たちに与えてくれます。

医療は常に進歩していますが、それは言い換えれば、必ず新しい治療にトライする最初の患者がいるということです。それは広い意味での「人体実験」であり、それを行うにあたってどのような問題をクリアする必要があるか考えなければいけません。

1947年に作成されたニュルンベルク綱領は、ナチスが行った残虐な人体実験を裁くにあたり、ではどのような人体実験なら容認されるか(人体実験と言うと響きが悪いですが、医学がヒトに向けられる以上、その進歩のために人体実験は不可欠なものであると認めた上で)、その要件として、確かな情報に基づく患者の自発的な同意やその撤回の自由、今でいうインフォームド・コンセントの概念などを定めています。さらに1964年に採択されたヘルシンキ宣言で、ヒトを対象とした臨床研究がどのように行われるべきか、その原則が定められました。これらは現在でも臨床研究の施行にあたっては遵守され、そこに携わる医師が必ず学ぶべきものです。

医学の進歩のために今そこにいる患者が不当に犠牲になるような、そのような医療はもちろん繰り返してはなりません。が、過去のそのような犠牲に対する反省から、より安全で倫理的な臨床研究の指針ができあがっているという歴史は知っておくべきだと思います。

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